「イマーシブシアター」という言葉を耳にしたことはありますか?海外発の新しい演劇の形として、近年日本でも少しずつ広がりを見せているジャンルです。舞台俳優として活動していると、いずれ関わる機会が出てくるかもしれない分野なので、今のうちに基礎知識を押さえておきましょう。
イマーシブシアターとは
イマーシブシアターとは、2000年代にロンドンで生まれたとされる「体験型演劇」のジャンルです。「イマーシブ(immersive)」は「没入型の」という意味の英語で、その名の通り、観客が物語の世界にどっぷりと浸かる演劇体験を指します。
従来の演劇のように客席と舞台が分かれているのではなく、会場全体を使って観客が物語の中を歩き回りながら鑑賞するのが大きな特徴です。海外ではニューヨークで長期上演された「Sleep No More」(マクベスを題材にした回遊型作品)が有名で、廃ホテルを丸ごと使った圧倒的な世界観が話題を呼びました。日本国内でも、有名テーマパークのアトラクションに取り入れられるなど、新感覚のエンターテインメントとして注目が集まっています。
「回遊型演劇」「体験型演劇」「没入型演劇」など、日本語ではさまざまな呼ばれ方をしますが、いずれも「観客が受け身の鑑賞者ではなく、物語世界の一部になる」という点で共通しています。
従来の演劇との3つの違い
1. 客席がなく、空間全体が舞台になる
ホテルの客室やロビー、テーマパークの敷地内など、実在する空間そのものが舞台になります。俳優は決まった立ち位置で演じるのではなく、会場のさまざまな場所に散らばって同時多発的に物語を進行させることもあります。
観客は自分の意思でどの場所へ行くか、どの登場人物を追いかけるかを選べるため、同じ公演でも観客一人ひとりがまったく違う体験をすることになります。「もう一度観たら別の物語が見えてくる」というリピート性の高さも、このジャンルの魅力です。
2. 観客が物語の登場人物になる
ゲスト(観客)は単に鑑賞するだけでなく、物語の登場人物の一人として作品世界に招き入れられます。俳優とゲストの間に明確な境界がないため、目の前にいる一人ひとりに向けて演技をする感覚が求められます。
数百人の客席に向けて声を届ける従来の舞台と違い、時には目の前のたった一人のゲストにだけ囁きかけるような芝居もあります。この「距離の近さ」は、俳優にとって新鮮であると同時に、ごまかしの利かない怖さでもあります。表情の細かい変化や呼吸まで見られている前提で演じる必要があるのです。
3. アドリブへの対応力が問われる
観客の動きや反応によって、物語の進み方が変わることもあります。決められたセリフをなぞるだけでなく、その場でゲストに話しかけられた際に役として自然に切り返す即興力が必要です。台本通りに演じる従来の舞台とは、求められる筋肉が少し違うと言えるでしょう。
たとえば、ゲストから台本にない質問をされたとき、役の世界観を壊さずに答えられるか。想定外の場所にゲストが移動してしまったとき、物語を軌道修正できるか。こうした対応力は、一朝一夕では身につかない、イマーシブシアターならではのスキルです。
日本国内での広がり
泊まれる演劇
実際のホテルを舞台に、ゲストがロビーや客室、屋上などさまざまな場所を移動しながら物語を体験する、日本発のイマーシブシアター企画です。俳優だけでなく、楽器演奏やダンス、大道芸などができるパフォーマーも広く募集しており、複数回にわたって新作公演が開催されています。詳細は公式サイト「泊まれる演劇」や公式noteで確認できます。
ホリプロステージ「RE:PLAY AFTER SCHOOL」
体験型コンテンツクリエイターのきださおりさんとホリプロステージが手がけた、高校を舞台にしたイマーシブ演劇作品です。2025年3月に上演され、キャストオーディションの倍率は約40倍にのぼったといわれています。大手芸能プロダクションもこのジャンルに参入し始めていることがわかる事例です。
イマーシブ・フォート東京
2024年に開業した、テーマパーク全体をイマーシブシアターの舞台に見立てた大型施設です。プロ・セミプロクラスの俳優が数多くキャストとして活躍していましたが、2026年2月28日をもって営業を終了しました。短期間ながら、日本にイマーシブシアターという言葉を広く知らしめた象徴的なプロジェクトといえるでしょう。
イマーシブシアターで求められる4つのスキル
実際にこのジャンルで演じるとしたら、どんな力が必要になるのでしょうか。従来の舞台経験に加えて、特に重要だと感じる4つを挙げます。
①即興力(インプロ)
前述の通り、ゲストとのやり取りは台本に書ききれません。役の背景や価値観を深く理解した上で、「この人ならこう答える」という反応をその場で生み出す力が求められます。インプロ(即興演劇)のワークショップに参加して鍛えておくと、大きな武器になります。
②ホスピタリティ
イマーシブシアターの現場では、俳優は演者であると同時に「ゲストをもてなすホスト」でもあります。ゲストが不安にならないよう自然に誘導したり、体験を楽しめているか目を配ったりと、接客業に近い気遣いが必要です。飲食店やホテルでのアルバイト経験が意外なところで活きるジャンルでもあります。
③身体表現力
至近距離で観られるため、セリフだけに頼らない身体の説得力が重要です。歩き方、立ち姿、小道具の扱い方といった細部まで役として存在し続ける必要があります。ダンスやマイム、殺陣などの経験があると表現の幅が広がります。
④声のコントロール
大劇場向けの発声と、目の前のゲストに囁きかける発声はまったく別物です。距離に応じて声量と質感を細かく使い分ける技術は、このジャンルでは必須といえます。普段のボイストレーニングでも、「遠くへ届ける声」だけでなく「近くで聴かせる声」を意識してみてください。
マーダーミステリーの経験が活きるジャンル
舞台俳優の中には、マーダーミステリーのGM(ゲームマスター)経験がある方も少なくないと思います。実はこの経験、イマーシブシアターと相性が良いスキルセットです。
マーダーミステリーのGMは、台本のセリフを読み上げるだけでなく、参加者一人ひとりの反応を見ながらその場で情報を出し、進行を調整する仕事です。目の前の相手に合わせて即興的に対応する感覚は、イマーシブシアターで観客と直接関わりながら演じる感覚と重なる部分が多くあります。
また、マダミスの現場では「参加者が物語を楽しめているか」を常に観察し、置いていかれそうな人をさりげなくフォローします。これはまさに前述のホスピタリティそのものです。マーダーミステリーのGMや進行役の経験がある方は、すでにイマーシブシアターに必要な素養の一部を身につけていると言えるかもしれません。
まずは観客として体験してみよう
イマーシブシアターに興味を持ったら、まずは観客として一度体験してみることを強くおすすめします。文章でどれだけ説明されても、「物語の中に入り込む」感覚は実際に体験しないとわかりません。
チケット代は通常の小劇場公演より高めに設定されていることが多いですが、これは会場の規模や美術、キャスト数を考えれば納得の価格です。自己投資と考えて、年に1〜2回は足を運んでみる価値があります。
観るときは、俳優がゲストとどう関わっているか、想定外の動きにどう対応しているかに注目してみてください。「自分ならこの場面でどう動くか」「このゲストにどう声をかけるか」と考えながら観ると、演じる側の視点が自然と養われます。通常の観劇では得られない発見がたくさんあるはずです。
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イマーシブシアターに関するよくある質問
Q. 演技経験がなくても出演できますか?
企画によりますが、多くのキャストオーディションでは1年以上の演技経験や身体表現の経験が応募条件になっています。一方で、ダンサーや楽器演奏者、大道芸人など「俳優以外のパフォーマー」を広く募集するケースも多いのがこのジャンルの特徴です。自分の持っているスキルが意外な形で応募条件に合致することもあるので、募集要項は隅々まで読んでみてください。
Q. 通常の舞台と掛け持ちはできますか?
公演形態によります。イマーシブシアターは長期間・多ステージで上演されることが多く、拘束期間が通常の舞台より長くなる傾向があります。その分、出演料が安定しやすいという面もあります。応募前に稽古期間と公演スケジュールを必ず確認しましょう。
Q. 体力的にきついと聞きましたが本当ですか?
正直に言うと、体力は必要です。決まった舞台上で演じるのではなく、広い会場を動き回りながら、ゲスト一人ひとりに反応し続けるため、集中力と体力の消耗は通常の舞台以上という声もあります。日頃から体力づくりをしておくことは、このジャンルを目指すなら必須の準備といえるでしょう。
まとめ
イマーシブシアターはまだ日本では黎明期のジャンルですが、体験型エンターテインメントへの関心の高まりとともに、今後さらに公演数が増えていく可能性があります。従来の舞台とは違う筋肉が必要になる分、早いうちから情報をキャッチし、即興力・ホスピタリティ・身体表現・声のコントロールといったスキルを磨いておくことが強みになります。
オーディション情報の探し方は「イマーシブシアターのオーディション情報まとめ|探し方と過去の募集例」で詳しく紹介しています。あわせてご覧ください。

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